27年前、
息子のダウン症をなんとか軽いものにしたい、と
いろんな療育機関、教育機関を訪ねました。
そんな中で、
ポーテ―ジというプログラムを実施してくれる
ある大学研究室がありました。
私はバブルの名残で、
肩パットの入ったジャケットを着ていました。
赤ちゃんが生まれても、おしゃれで、
かっこいいお母さんになるのが夢でした。
(そんなものは夢のまた夢でした。
おしゃれをしたときに限って何かをこぼして床にはいつくばって拭く、とか、
トマトジュースを白いワンピースにぶっかけられる、とかそんなのばっかり・・・)
最初、説明があるというので、行きました。
色々な話をメモを取りながら、
真剣に聴いていると、
教授とそのほか数人の方がふっと、笑いました。
『お母さん、そんなに肩ひじ張らないで。
お子さんとは一生付き合っていくのですよ。
最初からそんなに気合を入れていたら、
疲れちゃうよ』
当時、今の私くらい、55才くらいの教授でしょうか。
55~60才くらいのスタッフの女性たちも、笑っています。
この言葉は、真実です。
その通りです。
でも、その時私、いくつだと思います?
26才ですよ。
26才・・・。
人生最大の落とし穴に落ちたと思っていて、
なんとかしないと、って駆けずり回って、
肩に力が入らないわけがないじゃないですか。
今肩ひじを張らないでいつ張るのか、と思いました。
とてもバカにされたように感じて、
また、そんなにがんばったところで、
大して変わらないと言われたような気がして、
帰り道はどーんと落ち込みました。
結論からいうと、細かく発達のステップを踏んでいってくれる
このプログラムはとても良いものでした。
『今、やること』があるのがうれしかったです。
ただ、几帳面なママには向くけど、私のような肩ひじは張るものの
いい加減なママには、きゅうくつかもしれません。
で、何が言いたいかというと、
肩ひじを張らないでほしいママが、
近所にいるのです。
っていうか、いたのです。
たぶん、出て行ったのだと思います・・・。
そのママは27~28才くらいでしょうか。
朝の六時になると、赤ちゃんを抱っこひもで抱え、
幼稚園のスモッグみたいなのを着た三才くらいの
男の子の手を引き、
出かけていくのです。
どこに?
わかりません。
そんなに早く仕事?
それともご実家とか?
わかりません。
だけど、ほんとうに雨が降ろうが、
暑くても
寒くても・・・。
美人ママで、
歩き方も颯爽として、
子どもたちも愚図っているところを見たことがない、
よいこたちでした。
そして、私が夜の部の洗濯物を干している
午後六時半くらいに、
まったく朝と同じ姿で、
反対側から家に帰ってきます。
うちの夫でさえ、こう彼女を呼んでいました。
『あの働き者の若いママ』。
仕事かどうかも見たわけではありませんが、
まとうオーラがなんというか、
頑張っている女性という感じでした。
すごいなー。
ママがあんなだと、子供も落ち着いてるなぁ、
うちと違って・・・。
上の子はかわいい声でいつも、
「ママ、あのね・・・」
などとしゃべっていて、
その声がほんとうにかわいくて、
胸きゅんでした。
ちなみに、パパはチャラ男です。
バイクや車に情熱を傾け、
雰囲気がチャラ男でした。
独身時代から一人で住んでいるところで、
家庭を持ちました。
だから、私は初めて赤ちゃんを抱いた奥さんを見たとき、
拍手をしたいような気持でした。
でも・・・。
ここ数か月、
彼女の姿は見えません。
チャラ男は頭が坊主になりました。
何かあったに決まっています。
そんな時、冒頭の、研究室で人生の大先輩方に
言われた『肩ひじ』の件を思い出したのです。
あの時、彼らが私を笑ったのは、私のことやダウン症の息子を
バカにしたのでも、
あきらめきったからでもないとやっとわかりました。
『若さ』がまぶしかったから笑ったのですね。
そして、肩ひじ張って頑張ると、ぽきっと折れてしまいやすいことも、
先輩方は知っていたわけなんですね。
だから、遠くからただ毎朝見ていた彼女には、
ぜひともこの、
『肩ひじ張らないで』という言葉を贈りたいです。
肩ひじを張らなきゃならない時なのでしょうが・・・。
『たまには車で送ってよ!』
とか、
『一人受け持ってよ!』
とか、
発狂したっていいじゃない・・・。
『もっと気楽に』
といっても無理でしょう。
私もそんな言葉は頭にきたものでした。
なに、気楽って。
ダウン症の赤ちゃんが生まれてきて、
気楽に生きられる人がいる?
なんて・・・。
50を過ぎて、ひりひりがりがりどどどーん、みたいな人生はもうたくさんだ、と
思います。
ただ、若い時には、
ひりひりしてなんぼ、
がりがりと魂をひっかいてなんぼ、なのかもしれませんねぇ。
私も息子の件では、
相当にドラマチックを味わって、
今ふりかえってみれば、
『経験したかったのかな』と思ってしまいます。
だから、安易に
『夫婦は仲良くしちゃいなよ』
なんて言えませんが・・・。
旦那さん、暇そうですよ・・・。
どこかにいるママ、ひとりで肩ひじ張っているんじゃない。
夫にもっと担わせなよ・・・。
夫婦が、同じ車に乗っていると思うから腹が立つのです。
『この人の運転する車に乗っているのは嫌だ』と。
しかし、家族全員、四人なら四台の乗りものがあり、
道があり、それぞれが競技者として、
それぞれの道を走っている『仲間』なんだ、と思えば気楽になりませんか。
その代わり、お互いの『車』があるので、
行先と運転に、自分で責任を持つ必要がありますが・・・。
肩ひじはらずに、
夫の方なんか見ないで、
夫と時には助け合いながら、
自分がそれぞれ好きな方へ進んでいく。
そんな夫婦になれたらよいですね・・・。
以上、ベランダから『50女は見た』でした。
息子のダウン症をなんとか軽いものにしたい、と
いろんな療育機関、教育機関を訪ねました。
そんな中で、
ポーテ―ジというプログラムを実施してくれる
ある大学研究室がありました。
私はバブルの名残で、
肩パットの入ったジャケットを着ていました。
赤ちゃんが生まれても、おしゃれで、
かっこいいお母さんになるのが夢でした。
(そんなものは夢のまた夢でした。
おしゃれをしたときに限って何かをこぼして床にはいつくばって拭く、とか、
トマトジュースを白いワンピースにぶっかけられる、とかそんなのばっかり・・・)
最初、説明があるというので、行きました。
色々な話をメモを取りながら、
真剣に聴いていると、
教授とそのほか数人の方がふっと、笑いました。
『お母さん、そんなに肩ひじ張らないで。
お子さんとは一生付き合っていくのですよ。
最初からそんなに気合を入れていたら、
疲れちゃうよ』
当時、今の私くらい、55才くらいの教授でしょうか。
55~60才くらいのスタッフの女性たちも、笑っています。
この言葉は、真実です。
その通りです。
でも、その時私、いくつだと思います?
26才ですよ。
26才・・・。
人生最大の落とし穴に落ちたと思っていて、
なんとかしないと、って駆けずり回って、
肩に力が入らないわけがないじゃないですか。
今肩ひじを張らないでいつ張るのか、と思いました。
とてもバカにされたように感じて、
また、そんなにがんばったところで、
大して変わらないと言われたような気がして、
帰り道はどーんと落ち込みました。
結論からいうと、細かく発達のステップを踏んでいってくれる
このプログラムはとても良いものでした。
『今、やること』があるのがうれしかったです。
ただ、几帳面なママには向くけど、私のような肩ひじは張るものの
いい加減なママには、きゅうくつかもしれません。
で、何が言いたいかというと、
肩ひじを張らないでほしいママが、
近所にいるのです。
っていうか、いたのです。
たぶん、出て行ったのだと思います・・・。
そのママは27~28才くらいでしょうか。
朝の六時になると、赤ちゃんを抱っこひもで抱え、
幼稚園のスモッグみたいなのを着た三才くらいの
男の子の手を引き、
出かけていくのです。
どこに?
わかりません。
そんなに早く仕事?
それともご実家とか?
わかりません。
だけど、ほんとうに雨が降ろうが、
暑くても
寒くても・・・。
美人ママで、
歩き方も颯爽として、
子どもたちも愚図っているところを見たことがない、
よいこたちでした。
そして、私が夜の部の洗濯物を干している
午後六時半くらいに、
まったく朝と同じ姿で、
反対側から家に帰ってきます。
うちの夫でさえ、こう彼女を呼んでいました。
『あの働き者の若いママ』。
仕事かどうかも見たわけではありませんが、
まとうオーラがなんというか、
頑張っている女性という感じでした。
すごいなー。
ママがあんなだと、子供も落ち着いてるなぁ、
うちと違って・・・。
上の子はかわいい声でいつも、
「ママ、あのね・・・」
などとしゃべっていて、
その声がほんとうにかわいくて、
胸きゅんでした。
ちなみに、パパはチャラ男です。
バイクや車に情熱を傾け、
雰囲気がチャラ男でした。
独身時代から一人で住んでいるところで、
家庭を持ちました。
だから、私は初めて赤ちゃんを抱いた奥さんを見たとき、
拍手をしたいような気持でした。
でも・・・。
ここ数か月、
彼女の姿は見えません。
チャラ男は頭が坊主になりました。
何かあったに決まっています。
そんな時、冒頭の、研究室で人生の大先輩方に
言われた『肩ひじ』の件を思い出したのです。
あの時、彼らが私を笑ったのは、私のことやダウン症の息子を
バカにしたのでも、
あきらめきったからでもないとやっとわかりました。
『若さ』がまぶしかったから笑ったのですね。
そして、肩ひじ張って頑張ると、ぽきっと折れてしまいやすいことも、
先輩方は知っていたわけなんですね。
だから、遠くからただ毎朝見ていた彼女には、
ぜひともこの、
『肩ひじ張らないで』という言葉を贈りたいです。
肩ひじを張らなきゃならない時なのでしょうが・・・。
『たまには車で送ってよ!』
とか、
『一人受け持ってよ!』
とか、
発狂したっていいじゃない・・・。
『もっと気楽に』
といっても無理でしょう。
私もそんな言葉は頭にきたものでした。
なに、気楽って。
ダウン症の赤ちゃんが生まれてきて、
気楽に生きられる人がいる?
なんて・・・。
50を過ぎて、ひりひりがりがりどどどーん、みたいな人生はもうたくさんだ、と
思います。
ただ、若い時には、
ひりひりしてなんぼ、
がりがりと魂をひっかいてなんぼ、なのかもしれませんねぇ。
私も息子の件では、
相当にドラマチックを味わって、
今ふりかえってみれば、
『経験したかったのかな』と思ってしまいます。
だから、安易に
『夫婦は仲良くしちゃいなよ』
なんて言えませんが・・・。
旦那さん、暇そうですよ・・・。
どこかにいるママ、ひとりで肩ひじ張っているんじゃない。
夫にもっと担わせなよ・・・。
夫婦が、同じ車に乗っていると思うから腹が立つのです。
『この人の運転する車に乗っているのは嫌だ』と。
しかし、家族全員、四人なら四台の乗りものがあり、
道があり、それぞれが競技者として、
それぞれの道を走っている『仲間』なんだ、と思えば気楽になりませんか。
その代わり、お互いの『車』があるので、
行先と運転に、自分で責任を持つ必要がありますが・・・。
肩ひじはらずに、
夫の方なんか見ないで、
夫と時には助け合いながら、
自分がそれぞれ好きな方へ進んでいく。
そんな夫婦になれたらよいですね・・・。
以上、ベランダから『50女は見た』でした。